時計の聖地、諏訪への旅。
オリエントスターは今、セイコーエプソンの自社のウォッチブランドです。
時計の聖地、諏訪への旅。
ちょうど2年前、長野県塩尻市にあるセイコーエプソン塩尻事業所を見学する機会に恵まれました。訪れたのは、2024年に発売されたオリエントスターのフラッグシップモデル「M34 F8 DATE」に採用されたペルセウス座流星群をイメージした文字板や、その美しい輝きを生み出す「光学多層膜技術」など、特殊文字板を製造する「時の匠工房」です。
えっ。オリエントスターは秋田で作ってるんじゃないの?
と思われるかもしれませんが、一部のプレミアムなモデルの特殊な文字板は「時の匠工房」の文字板工房にて製作されております。
「信州・時の匠工房」で製作された、プレミアムなダイアルたち。
「信州・時の匠工房」で製作された、プレミアムなダイアルたち。
上2枚の写真の「M34 F8 DATE」は、光学多層膜技術を応用し、ペルセウス座流星群を表現したダイアルを採用しています。半導体・液晶・光学デバイスの製造で培われたナノレベルの薄膜形成技術を文字板に応用。幾重にも重ねられた極薄の膜が光を繊細に反射し、塗装では表現できない奥行きと透明感のある青を生み出します。見る角度や光の加減によって表情を変えるその色彩は、夜空を流れる無数の流星を思わせます。
上2枚の写真の「M34 F8 DATE」は、光学多層膜技術を応用し、ペルセウス座流星群を表現したダイアルを採用しています。半導体・液晶・光学デバイスの製造で培われたナノレベルの薄膜形成技術を文字板に応用。幾重にも重ねられた極薄の膜が光を繊細に反射し、塗装では表現できない奥行きと透明感のある青を生み出します。見る角度や光の加減によって表情を変えるその色彩は、夜空を流れる無数の流星を思わせます。
2025 Autumn & Winter Limited Edition
ー 闇夜に光る「掩蔽」第2弾 ー
RK-BW0002N(日本国内限定100本)
こちらの上の写真のモデル M45 F7 メカニカルムーンフェイズ「掩蔽」は宇宙に点在する無数の星々を高度な型押しの上に、エプソンが誇る特殊な塗装技術で暗黒の宇宙をグラデーションで表現。その塗装面に厚めのクリアなラッピング層を与え、透明感と奥行きを作った上からロゴやインデックスを複数回印刷を行うことにより立体感のあるダイアルに仕上がっております。この小さな文字が印刷により潰れないように繊細な調整をされ、ひと手間もふた手間のかけられモノトーンにも関わらずこのなんとも美しく個性的に表現された限定モデル。
2025 Autumn & Winter Limited Edition
ー 闇夜に光る「掩蔽」第2弾 ー
こちらの上の写真のモデル M45 F7 メカニカルムーンフェイズ「掩蔽」は宇宙に点在する無数の星々を高度な型押しの上に、エプソンが誇る特殊な塗装技術で暗黒の宇宙をグラデーションで表現。その塗装面に厚めのクリアなラッピング層を与え、透明感と奥行きを作った上からロゴやインデックスを複数回印刷を行うことにより立体感のあるダイアルに仕上がっております。この小さな文字が印刷により潰れないように繊細な調整をされ、ひと手間もふた手間のかけられモノトーンにも関わらずこのなんとも美しく個性的に表現された限定モデル。
2025 Spring & Summer Limited Edition
ー 流星が降り注ぐ新たな小宇宙 ー
RK-BX0007B(日本国内限定80本)
の工房は、グランドセイコーやクレドールをはじめとする高級時計の製造を担う特別な場所。マイクロアーティスト工房、匠工房、文字板工房、宝飾工房の4つの工房から成り、黄綬褒章受章者や現代の名工、技能五輪メダリストなど、日本を代表する職人たちが活躍しています。その見学の際、時計づくりだけでなく「セイコーエプソン」という企業の歩みについても詳しくお話を伺いました。そして、その歴史をより深く知ることができる場所として紹介いただいたのが、創業の地・諏訪にある「エプソンミュージアム諏訪」でした。以来、いつか訪れてみたいと思い続けていました。
私たちがオリエントスターをご紹介する際、「秋田で作られる、美しい機械式時計」という言葉をよく使います。その美しさを象徴するモデルのひとつが、上の写真の「M34 F8 DATE」です。夜空に降り注ぐペルセウス座流星群をモチーフとしたこの限定モデルの文字板には、エプソンが長年にわたり培ってきた「金属ナノ粒子積層技術」が世界で初めて時計づくりに応用されています。この技術はもともと、電子デバイスや精密機器の分野で光を精密にコントロールし、高い性能や機能性を実現するために研究・開発されてきたものです。ナノレベルの金属粒子を何層にも積み重ねることで光の反射や干渉を緻密に制御し、従来の塗装や印刷では表現できない繊細な輝きと奥深い立体感を生み出しています。光の当たり方や見る角度によって表情を変えるその文字板は、まるで宇宙空間を流れる無数の流星を閉じ込めたかのような幻想的な美しさを放ちます。
時計店として長年時計を見続けてきましたが、この文字板の美しさの背景に、半導体や電子デバイスの分野で培われたエプソンの先端技術があることに深く感銘を受けました。そして、その技術はどのように生まれ、どのような歴史の中で育まれてきたのだろうか。その答えを求めて訪れたのが、諏訪の地にあるエプソンミュージアムだったのです。
2025 Spring & Summer Limited Edition
ー 流星が降り注ぐ新たな小宇宙 ー
の工房は、グランドセイコーやクレドールをはじめとする高級時計の製造を担う特別な場所。マイクロアーティスト工房、匠工房、文字板工房、宝飾工房の4つの工房から成り、黄綬褒章受章者や現代の名工、技能五輪メダリストなど、日本を代表する職人たちが活躍しています。その見学の際、時計づくりだけでなく「セイコーエプソン」という企業の歩みについても詳しくお話を伺いました。そして、その歴史をより深く知ることができる場所として紹介いただいたのが、創業の地・諏訪にある「エプソンミュージアム諏訪」でした。以来、いつか訪れてみたいと思い続けていました。
私たちがオリエントスターをご紹介する際、「秋田で作られる、美しい機械式時計」という言葉をよく使います。その美しさを象徴するモデルのひとつが、上の写真の「M34 F8 DATE」です。夜空に降り注ぐペルセウス座流星群をモチーフとしたこの限定モデルの文字板には、エプソンが長年にわたり培ってきた「金属ナノ粒子積層技術」が世界で初めて時計づくりに応用されています。この技術はもともと、電子デバイスや精密機器の分野で光を精密にコントロールし、高い性能や機能性を実現するために研究・開発されてきたものです。ナノレベルの金属粒子を何層にも積み重ねることで光の反射や干渉を緻密に制御し、従来の塗装や印刷では表現できない繊細な輝きと奥深い立体感を生み出しています。光の当たり方や見る角度によって表情を変えるその文字板は、まるで宇宙空間を流れる無数の流星を閉じ込めたかのような幻想的な美しさを放ちます。
時計店として長年時計を見続けてきましたが、この文字板の美しさの背景に、半導体や電子デバイスの分野で培われたエプソンの先端技術があることに深く感銘を受けました。そして、その技術はどのように生まれ、どのような歴史の中で育まれてきたのだろうか。その答えを求めて訪れたのが、諏訪の地にあるエプソンミュージアムだったのです。
EPSONの名前の由来
皆さんは「EPSON」という社名の由来をご存知でしょうか。
EPSONは、Electric Printer's Son(エレクトリック・プリンターズ・サン)の頭文字から生まれた名前です。
直訳すると「電子プリンターの子どもたち」。
実はこの名前には、エプソンのものづくりの歴史そのものが込められています。
EPSONの名前の由来
皆さんは「EPSON」という社名の由来をご存知でしょうか。EPSONは、Electric Printer's Son(エレクトリック・プリンターズ・サン)の頭文字から生まれた名前です。直訳すると
実はこの名前には、エプソンのものづくりの歴史そのものが込められています。
1964年の東京オリンピックで、セイコーは公式計時を担当しました。その際、当時セイコーグループの一員だった諏訪精工舎は、競技記録を印字する電子記録システム「プリンティングタイマー」の開発に携わります。その技術をさらに発展させ、1968年には小型軽量デジタルプリンター「EP-101」が誕生しました。この「EP(Electronic Printer)」の子どもたち=後継機を次々と生み出していこうという想いから、「EPSON」という社名が生まれたのです。そして翌1969年には、時計史を大きく変えた世界初のクオーツ腕時計「セイコー アストロン」が誕生します。
これらの製品を支えたのが、エプソンの原点ともいえる
「省・小・精」という技術思想です。
省エネルギーで、小さく、そして精密に。かつて洋服ダンスほどの大きさだったクオーツ時計を腕時計のサイズまで小型化した技術は、その後プリンター、半導体、コンピューター、プロジェクター、ロボットなどへと応用され、今日の世界的企業エプソンへとつながっていきました。
1959年当時の水晶時計(クォーツウォッチ)
今回訪問したエプソンミュージアム諏訪に併設されている「ものづくり塾」では、その技術と精神を次世代へ受け継ぐための人材育成が徹底して行われています。新入社員教育はもちろん、技能五輪を目指す若手技術者の育成にも力を入れており、毎年10~15名が全国大会へ出場しているそうです。
印象的だったのは、エプソンが単に製品をつくる会社ではなく、「人を育てる会社」でもあるということでした。そして、この場所で学んだ多くの技術者たちが全国の拠点へ羽ばたいていきます。もちろん、オリエントスターを製造する秋田エプソンの技術者たちも例外ではありません。諏訪で磨かれた技術と精神は、遠く秋田の地にも受け継がれています。私たちが手にするオリエントスターの一本一本にも、その系譜が確かに息づいています。
諏訪で見たのは、単なる企業の歴史ではありませんでした。
創業者・山崎久夫氏の志、「省・小・精」の技術思想、そして未来の匠を育てるものづくり塾。そこには、一つの製品を作るだけではなく、技術や精神を次の世代へ受け継いでいこうとする強い意志がありました。その想いは諏訪から秋田へ、そしてオリエントスターへと確かに受け継がれています。私たちが手にする一本の時計には、多くの技術者の努力と情熱、そして長い時間の積み重ねが込められているのです。
「誠実努力」の碑
エプソンミュージアム諏訪を訪れてまず目に飛び込んできたのが、この「誠実努力」の碑でした。
「誠実努力」
わずか四文字ですが、創業者・山崎久夫氏の想い、そして今日のセイコーエプソンを支える精神が込められています。山崎氏は、戦後の諏訪の地で精密機械産業を育て、「東洋のスイス」を実現するという大きな夢を掲げました。しかし、その夢を実現するために選んだ道は決して派手なものではありません。誠実に仕事に向き合い、技術を磨き、人を育てる。その積み重ねこそが未来を切り拓くと信じていたのです。腕時計づくりから始まった技術は、やがて世界初のクオーツ腕時計、プリンター、半導体、プロジェクターへと発展し、エプソンは世界を代表する企業へ成長しました。その原点にあるのが、この「誠実努力」という言葉です。今回、ミュージアムに併設された「ものづくり塾」も見学しましたが、そこでは今もなお若い技術者たちが技能五輪を目指し、日々技術を磨いています。オリエントスターを製造する秋田エプソンの技術者たちもまた、この諏訪の地で学び、鍛えられています。秋田で作られるオリエントスターの一本一本にも、この「誠実努力」の精神が確かに息づいているのです。私たちが時計を見るとき、目にするのは美しい文字盤や精巧な針、そして正確な時を刻むムーブメントです。しかし、その奥には何十年にもわたり受け継がれてきた技術と、人々の地道な努力があります。この碑の前に立ったとき、オリエントスターの魅力とは単なる性能やデザインではなく、こうした作り手たちの想いまで含めた価値なのだと改めて感じました。
「誠実努力」の碑
エプソンミュージアム諏訪を訪れてまず目に飛び込んできたのが、この「誠実努力」の碑でした。
「誠実努力」
わずか四文字ですが、創業者・山崎久夫氏の想い、そして今日のセイコーエプソンを支える精神が込められています。山崎氏は、戦後の諏訪の地で精密機械産業を育て、「東洋のスイス」を実現するという大きな夢を掲げました。しかし、その夢を実現するために選んだ道は決して派手なものではありません。誠実に仕事に向き合い、技術を磨き、人を育てる。その積み重ねこそが未来を切り拓くと信じていたのです。腕時計づくりから始まった技術は、やがて世界初のクオーツ腕時計、プリンター、半導体、プロジェクターへと発展し、エプソンは世界を代表する企業へ成長しました。その原点にあるのが、この「誠実努力」という言葉です。今回、ミュージアムに併設された「ものづくり塾」も見学しましたが、そこでは今もなお若い技術者たちが技能五輪を目指し、日々技術を磨いています。オリエントスターを製造する秋田エプソンの技術者たちもまた、この諏訪の地で学び、鍛えられています。秋田で作られるオリエントスターの一本一本にも、この「誠実努力」の精神が確かに息づいているのです。私たちが時計を見るとき、目にするのは美しい文字盤や精巧な針、そして正確な時を刻むムーブメントです。しかし、その奥には何十年にもわたり受け継がれてきた技術と、人々の地道な努力があります。この碑の前に立ったとき、オリエントスターの魅力とは単なる性能やデザインではなく、こうした作り手たちの想いまで含めた価値なのだと改めて感じました。
そんなことを考えながら、帰宅後に一枚の写真を撮りました。
秋田出身の版画家・池田修三氏の作品「祈り」と、オリエントスターのムーンフェイズです。
月に願いを、時に祈りを。
時計は時刻を知るための道具。そう考えれば、それで十分なのかもしれません。しかし、人は何百年もの間、ただ時間を知るだけでは満足しませんでした。美しい針を作り、精緻な機械を組み上げ、そして文字盤の中に月を描きました。なぜでしょう。月は古くから人々にとって特別な存在だったからです。夜空に浮かぶ月を見上げ、人は季節を知り、祈りを捧げ、未来に思いを馳せてきました。月は時を示すだけではなく、人の心を映す存在でもあったのです。秋田出身の版画家、池田脩三氏の作品「祈り」。静かに手を合わせる少女の姿には、言葉にならない願いや感謝が込められているように感じます。その前に置いた一本のオリエントスター ムーンフェイズ。文字盤の中では、小さな月が静かに満ち欠けを繰り返しています。考えてみれば、祈りも時計も少し似ています。どちらも目には見えないものと向き合う行為です。祈りは未来への願い。時計は過ぎゆく時間へのまなざし。そしてムーンフェイズは、人と自然をつなぐ小さな窓です。夜空に浮かぶ月と同じように、腕元でも月は静かに巡り続けます。便利さや効率だけでは測れない豊かさ。それを私たちは時々忘れてしまいます。だからこそ、機械式時計に惹かれるのかもしれません。
諏訪で受け継がれてきた技術もまた、単なる効率や生産性だけを追い求めたものではありませんでした。より正確に、より美しく、より人の心に寄り添うものを作りたい。そんな職人たちの想いが積み重なり、今日のオリエントスターへとつながっています。祈りの少女の傍らで、今日も月は満ち欠けを繰り返しています。
その姿はまるで、「時間は追いかけるものではなく、味わうものだ」と語りかけているようでした。
そんなことを考えながら、帰宅後に一枚の写真を撮りました。秋田出身の版画家・池田修三氏の作品「祈り」と、オリエントスターのムーンフェイズです。
月に願いを、時に祈りを。
時計は時刻を知るための道具。そう考えれば、それで十分なのかもしれません。しかし、人は何百年もの間、ただ時間を知るだけでは満足しませんでした。美しい針を作り、精緻な機械を組み上げ、そして文字盤の中に月を描きました。なぜでしょう。月は古くから人々にとって特別な存在だったからです。夜空に浮かぶ月を見上げ、人は季節を知り、祈りを捧げ、未来に思いを馳せてきました。月は時を示すだけではなく、人の心を映す存在でもあったのです。秋田出身の版画家、池田脩三氏の作品「祈り」。静かに手を合わせる少女の姿には、言葉にならない願いや感謝が込められているように感じます。その前に置いた一本のオリエントスター ムーンフェイズ。文字盤の中では、小さな月が静かに満ち欠けを繰り返しています。考えてみれば、祈りも時計も少し似ています。どちらも目には見えないものと向き合う行為です。祈りは未来への願い。時計は過ぎゆく時間へのまなざし。そしてムーンフェイズは、人と自然をつなぐ小さな窓です。夜空に浮かぶ月と同じように、腕元でも月は静かに巡り続けます。便利さや効率だけでは測れない豊かさ。それを私たちは時々忘れてしまいます。だからこそ、機械式時計に惹かれるのかもしれません。
諏訪で受け継がれてきた技術もまた、単なる効率や生産性だけを追い求めたものではありませんでした。より正確に、より美しく、より人の心に寄り添うものを作りたい。そんな職人たちの想いが積み重なり、今日のオリエントスターへとつながっています。祈りの少女の傍らで、今日も月は満ち欠けを繰り返しています。
その姿はまるで、「時間は追いかけるものではなく、味わうものだ」と語りかけているようでした。